法話

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2012年11月10日放送

法話   2012/11/10
2012年11月10日放送

禅の教えでは、生死一如(しょうじいちにょ)といって、「生」生きること、「死」死を向かえることを別に分けて考えておりません。生も死もひとつのもの「一如」としてとらえています。とは言うものの、私たちはなかなか生死一如として、生も死もひとつのものとして素直に受け取ることができません。肉親の死、愛するものの死、大切な人の死、人として生まれた私たちは死を逃れることは誰にもできません。
私の父である、先代住職も3年半の闘病生活の末、他界しました。父であり師匠であった恩を受けた人との辛い別れ、長年連れ添った愛する人との別れ、死は辛く悲しいことでとても耐え難く苦しいものです。しかし、この愛別離苦、愛するものとの苦しい別れを乗越えた時こそが、素直に生死一如を受け取っていけるのではないでしょうか。この世は無常です。不変なものは何ひとつありません。次から次へと移り変わっていき、形あるものはいつか必ず滅びていきます。
ならば、私たちが今こうして命があり、生かされていることはなんと不思議なことで有り難い事なのでしょうか。明日の命が分からない今、こうして生かされていることは、なによりも有り難きことなのです。
このように受け取れたなら、おのずから感謝の念がわいてこないでしょうか。「いま、ここに私が生かされているって、なんてすばらしいことだろう」とい感動がわいてこないでしょうか。
「いま、このいのちあるは有り難し」お釈迦さまのお言葉です。

函館市 潜龍寺
高橋 孝道

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