法話

元来、人は面倒くさい

法話   2026/08/02
2026年08月02日放送

おはようございます。札幌市 観音院 広沢義宗です
令和も八年を迎え、あの壮絶なコロナ禍から私たちは既に日常を取り戻したように感じます。しかし一方で別の危機へと足を踏み入れている気もします。コロナ以降、私達は人との接触はなるべく少なく、コミュニケーションの濃度もなるべく薄いものを無意識に選んではいないでしょうか。
会議はオンラインが普及し、ファミレスではロボットが料理を運び、会計も機械が行います。人との対面の機会を減らし、SNSやLINEで意思伝達を図ることが当たり前になりました。確かにそれは効率的で、衝突や気まずさを避けることもでき、コストも削減できます。人間相手で生じる不満や摩擦も、回避できるでしょう。
しかしながら、その先にあるものは何でしょうか。極限の姿を想像すれば、自分はベッドに横たわったまま、食事も買い物も、あらゆる用事を機械が代替してくれる、人とは全く関わらないで済む――リアルにその未来が来た時、果たして私達は幸せと言えるのでしょうか。
人は元来、面倒くさい生き物です。「人」とそれに付随する「面倒くささ」はセットであり、これを切り離して「面倒くささ」だけを「テクノロジー」と取引をすることはできません。仏教の道理である「縁起」によれば、他者との関わりの中でしか、自己存在は形づくることはできません。他者との関わりを損なう方向に進めば、自己存在もまた空洞化していきます。
テクノロジーに支えられた現代だからこそ、人との関わりで生じる「面倒くささ」をもう一度引き受ける覚悟が私達には必要ではないでしょうか。

札幌市観音院
広沢義宗

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