恩を知る心
おはようございます。池田町聖徳寺住職、須原豊裕でございます。
曹洞宗の教典「修証義」の中に、次のような一節がございます。
「畜類なお恩を報ず、人類いかでか恩を知らざらん」。
これは「動物でさえ恩を知り、その恩に報いることを忘れない。ましてや人として生きる私たちが、どうして恩を知らずにいられようか」という意味でございます。
私の住んでいる池田町では「池田牛」という牛を育てております。その牛たちは、町で造られたワインの搾りかすであります~ぶどうの皮や種~を、飼料に混ぜて育てているとお聞きしました。
ぶどうの恵みを、牛のいのちが受取り、やがて人の食卓に戻ってくる。
私は、まるで、いのちがいのちを支え合い、恩をめぐらせているように感じました。
私たちは、日々の暮らしの中で、多くのいのちや存在のおかげに支えられています。
食べ物、水、空気、大地、そして、両親や家族、友人、共に生きる人々。
それらの恩を忘れてしまうと、私たちの心はすぐに”当たり前”という殻に閉じこもってしまいます。
道元禅師さまは、恩を知ることを「仏道の根本」とお示しになりました。
恩を知るというのは、ただ「ありがとう」と言うのだけではなく、自分が今ここにあることの背後に数えきれない支えがあることに気づくことです。
ぶどうの搾りかすが新たないのちを育てるように、私たちもまた、誰かに力をいただき、そして、次の誰かを支えて生きている。
恩を知ることは、そのつながりに気づくことであります。
どうぞ今日という一日、食事のひと口、呼吸のひと息の中に、支えてくれるすべてのいのちを思い出してみてください。
その感謝の心が、きっとみなさまの一日を温かく照らしてくれることでしょう。
住職須原豊裕


