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命長ければ恥多し

法話   2021/09/04
2021年09月04日放送

おはようございます。七飯町 明林寺  國下 豊隆です。
周りの誰にも笑われるような恥ずかしく滑稽な体験をしてその出来事をみじめに思い、「いつまでも悔やむ」という事は間々あることです。まして長生きすればそれだけ恥をさらすことも多くなりそれをことわざで「命長ければ恥多し」といいます。
英文学者の加島祥造氏は、あるひとつの出来事を想い出すたびに「あれは我が人生でも一番滑稽な瞬間だった」と思うことがあるといいます。それは大学で英語の講義をしていた時の事です。加島氏は講義に熱中していた余り治療のために入れていた仮の前歯が突然口から飛び出して教壇の上にはっきりと音を立てて転がったのです。黙って拾えば学生達も気が付かなかったのでしょうが「あ、入れ歯を落としちゃった」と声にして言ったので教室にいた学生たちもビックリして、「わっ」と声を上げて一斉に笑い出しました。それからは授業にならなかったようです。しかしその時はこの出来事をあえて「滑稽な体験」として認めようとしなかった加島氏ですが、それから一年以上以上過ぎてから回想しています。「今の私があの出来事を惨めな事と感じずに、ユーモラスな思い出として話せるのも年を重ねたせいで自分に寛大になったからでしょう」と。
過去の自分の滑稽さを惨めな気持ちで思い出すか、それとも温かなユーモラスの笑いとともに思い出すかは自分次第です。人は五十年も生きていれば思い出す恥ずかしい体験の一つや二つは誰しもしています。
また、いつまでもいつまでも後悔の念の残る体験もあるでしょう。
しかし「今は昔の事」として、少しでも懐かしむことが出来るには自分に「寛大」になることが必要です。自分に寛大なること、それは自分を赦すことであり、また等身大の自分を知る事でしょう。そして加島氏はアラン・ワッツという人の言葉を用いています。
「本当のユーモアとは、自分自身を笑う笑いの中にある。それと同様に本当の人間性とは自分自身をしることにある」
たしかに「命長ければ恥多し」ですが、恥多き中にも自分自身を笑うゆとりが欲しいものです。

七飯町 明林寺
國下 豊隆

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