大丈夫
おはようございます。函館市高龍寺、永井正人です。
令和八年は、どのような年でしょうか。大丈夫、きっといい年になると信じたいものです。
ところで、この「大丈夫」という言葉、二千年以上前からある言葉ですが、もともとは違う意味だったのをご存じでしょうか。
古代中国の本『孟子』によると、大丈夫とは「偉丈夫」とも言い、偉大な「丈夫」のこと。丈夫とは、成人男子を指します。つまり大丈夫とはもともと、「立派な男」という意味だったんですね。現代のジェンダーフリーの世の中に即すと、「立派な人」「一人前の人」といったところでしょうか。そういう立派な人に任せておけば問題があっても何の心配もない。ここから今の「あぶなげがなく安心できる」という意味になっていったのです。
では具体的に、「大丈夫」とはどのような人でしょうか。先ほどの『孟子』が言うところによると、「この世の中を広く住まいとし、正しい見方で正しい道をゆく。志が得られれば人々と行動をともにし、志が得られなければ一人道を歩む。豊かになっても貧しくなっても変わることもない。これを大丈夫という。」とのことです。志を正しく持ち、正しい見方と見識を持って自分の道を進める人だそうです。
正しい見方と見識の重要性は、仏教においても古くより語られてきました。お釈迦様も「八正道」という言葉でこれらの実践方法をお示しです。
現代においては、この実践は容易ではありません。氾濫する膨大な情報に翻弄されがちですが、それでも正しく前を見、正しく物事を知り、正しく未来を考えましょう。大丈夫な世の中にするためにはまず、私たち一人一人が「大丈夫」すなわち正しい知識と見識を持った人にならなければなりません。一人一人が「大丈夫」となり、それが世界中に広まることで真の安心できる世の中、すなわち大丈夫な世の中が生まれると思います。
永井正人


