二本の矢
おはようございます。石狩市正眼寺 笠井宏真です。徒然草という本に「初心の人二矢持つべからず」という言葉が出てきます。二矢というのは二本の矢。狩りの初心者は矢を二本も持つなという意味です。これは一見するとおかしな言葉です。へたくそな初心者ほど沢山の矢を持つべきであり、一矢で十分なのは百発百中の達人の方だと。これは二本の矢を持つことで「次の矢があるから最初の矢は外れても構わない」という一本目の矢を軽く見てしまうことを戒めるための言葉です。
現代の日本では弓矢で何かを射抜くことはありません。しかし、一矢ではなく一日ならばどうでしょうか?
若い人ほど沢山の時間を持っています。そのため一日の価値が低くなり、明日やればいいとつい先送りしてしまいます。中年になると残された時間も減り、その分時間の価値は上がります。老年ともなれば残り時間も少なく、一日一日がとても尊く貴重なものになります。これはそう見えるというだけの錯覚です。筒の中の矢なら残りを数えることも出来ますが、人にあとどのくらい時間が残っているのか、あと何日生きられるのかは見ることも数えることも出来ません。人が、そして、あなたがいつ亡くなるのかは誰にもわからないことです。
「初心の人二矢持つべからず」、明日があるなどと思って今日をないがしろにしてはならない。もしかしたら今日で最後かもしれません。
だから、今日という一日があることに感謝をし、それが多くの生命に支えられた結果であることに気が付いて、少しでもその恩を返していけるように努力をしましよう。その努力があなたとあなたの周りの人達を明るく照らしてくださいます。
あらためまして、おはようございます。二度と訪れることのない令和七年十一月三十日。
貴重な一日を世のため人のために生かしてまいりましよう。
笠井宏真


