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AIじゃないんだもの

法話   2025/07/20
2025年07月20日放送

おはようございます。札幌市峯光寺小野隆見です。
「AIじゃないんだもの」これは現在、峯光寺の山門の掲示板に私が書いている言葉ですが、皆さんはどのように感じられるでしょうか。現代社会は、効率や正確さ、早さを追求するあまり、まるで私たち自身も高性能な機械になることを求められているかのように感じることがあります。完璧に、常に正しい判断を下すこと。そんな期待に、無意識のうちに応えようとしてしまう。そして、少しでもうまくいかあいことがあると、自分を責めてしまうのです。
しかし、私達は本当に完璧なAIのような存在を目指すべきなのでしょうか。
ここで、相田みつをさんの言葉を思い出してみましょう。
「つまづいたっていいじゃないか、にんげんだもの」
この短い言葉の中に、どれほどの温かさと真実が込められていることでしょう。
みつをさんの詩は、私たちの不完全さをそのまま、あるがままに受け入れてくれる自愛に満ちています。間違えること、失敗すること、迷うこと、悩むこと。それらは決して恥ずべきことではなく、人間であることの証なのだと教えてくれます。
AIは疲れを知らず、常に一定のパフォーマンスを発揮します。しかし、私たちはどうでしょう。疲れることもあれば、体調を崩すこともある。気分が乗らない日もあれば、どうしてもやる気が出ない時もある。それは、私たちが「人間」だからです。
そして、「にんげんだもの」というみつをさんの言葉は、そんな不完全な自分を否定するのではなく、むしろ肯定する力を与えてくれます。
私たちは苦しみや悩みを完全になくすことはできません。しかし、その苦しみや悩みを「人間だからこそ感じることのできるもの」として受け止めることで、心の向き合い方が変わってきます。
私たちは、AIのように正確無比な存在にはなれないし、なる必要もないのです。私たちは、笑い、泣き、助け合い、時にはぶつかり合いながら、人生という道を歩んでいきます。その道のりは決して平坦ではありませんが、そこにこそ、人間として生きるかけがえのない豊かさがあるのではないでしょうか。
そして忘れてはならないことがあります。坐禅はAIに代わって坐ってもらうことはできません。坐禅とは、呼吸を感じ、今に坐り、心と向き合う行です。まさに「人間であること」を深く実感する時間なのです。坐禅する時間はAIには代わられないのです。疲れた時は、立ちとどまってもいいのです。
AIじゃないんだもの。

札幌市 峯光寺
小野 隆見

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