「自然の姿」
皆さんは、ふと気づく自然の姿に心動かされたことはないでしょうか。
境内の掃除をしていた時のことです。参道を片づけ終わり、建物の裏手の掃除を始めました。
そこは、敷石や刈り込まれた木々が並ぶ前庭とは対照的に、自然の地形がそのままの雑木林になっています。折れた枝や落ち葉を集めながら進んでいくと、一本のツツジがありました。単調な色味の景色の中にあって、ひと際鮮やかに満開の白い花を咲かせていました。辺りを見回してみてもツツジはこの一本だけですが、人の背丈よりも大きく、立派な枝ぶりのその姿は、実に堂々としています。私は思わず歩み寄り、しばらくの間見とれてしまいました。
もし私がこのツツジだったとしたら、多くの人の目にとまり、愛でられる前庭の木々たちを羨ましく思ってしまうかもしれません。春芽吹き、花を咲かす。そして、その蕾や葉を落とし、次の春を待つ。自然は己が成すべきことをよく知っているようです。たとえだれの目に触れずとも、近くに仲間がいなくとも、ただ力強く咲くその姿に感動致しました。
私たちは周りの視線を気にするあまり、こうありたい、と思う本心とはかけ離れた振る舞いをしてしまうことがあるかと思います。様々な関わり合いなくして生きてはいけない社会生活に於いて、大事な感覚であることは言うまでもありません。しかし、それを気にしてばかりいては、心は疲れてしまいますし、知らず知らずの内に誰かを傷つけてしまうこともあるのではないでしょうか。たまには目を閉じて、静かに自身の内面と向き合うことが大切だと思います。
私はあのツツジのように、そこに在って真っ直ぐに生きていきたいと、日々念じております。
蔵野 嗣雲