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「私はどう生きるか」

法話   2019/01/26
2019年01月26日放送

おはようございます、札幌市 真龍寺 飯田全祥です。
皆さんは毎日どうお過ごしでしょうか。
私は福井にあリマス永平寺で修行中、病気で倒れたことがあります。
法要中に倒れた私が次に目を覚ましたのは病院のベッドの上で、お医者様は私に「左脳出血であなたは言語障害、右半身不随感覚麻痺となりました」と説明しました。こう生きていきたい、その思いを一瞬で消し去る絶望的な状態でした。
感覚がなく動かないならばこんな右腕、右足、なければ良かったのに、そう考えることもあり、リハビリに身が入りませんでした。
その時修行中であることを思い出したのです。
一緒に修行をしていた人が永平寺から自分のお寺に戻るため次々と去る中、それを寂しく悲しく思い永平寺で当時の単頭老師にこう聞いたことがあります。
「修行をしても人との別れがあるたびに悲しい。どのように乗り越えれば良いのでしょうか」
その私の問いに老師は「悲しいなら悲しめ!嬉しいなら心から喜べ!ただ、それを引きずらないことだ」と答えました。
そのことを思い出し「どんなに辛くとも生きなければならないのだ」と思い、それ以降はリハビリに専念しました。
そして半年後には普通の人と同じまではいかないですが右半身も動くようになり修行へも復帰し、終えることができました。現在は体の右側の感覚はありませんが副住職を務めさせて頂いております。
曹洞宗の開祖である道元禅師はこう述べています。「光陰矢の如し寸陰を惜しむべし」。
人生は一瞬でありその一時も無駄にしてはならない。
道元禅師の言うように我々人間は毎日何事にも全力で生きるべきです。師というものは誰にでも訪れるものです。止めることも逃げることも出来ません。その僅かな一生のうち、どの一瞬も自分の人生において無駄なことはなかったと思えるように私は生きていたいと思います。

札幌市 真龍寺
飯田全祥

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