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「縁」

法話   2017/08/26
2017年08月26日放送

今日は「ご縁」についてお話させていただこうと思います。「縁」は、仏教の根本を成す言葉ですが、今の時代、私たちはその「ご縁」にキチンと向き合っていると言えるでしょうか?
「縁」には良い縁もあれば悪い縁もあります。良いご縁は丁寧に大切に育てて、悪い縁はキッパリと断ち切っていますか?また、濃厚なご縁もあれば、ともすれば気がつかないほど希薄なご縁もあります。前者に対しては煙たがって、後者に至っては気付かずにスルー、…あとから思い直して大事にしておけば良かった。そんなことってありますよね?
昨今の風潮では、生身の人間同士、親子・兄弟・夫婦・友達・恋人や、この世の森羅万象、自然・音楽・美術・スポーツなどとの「縁」を結ぶよりも、いわゆるバーチャルな-実際にはここには存在しない-パソコンやゲームの中の仮想現実と深く結びつき、現実世界と距離を置いたような、自ら「ご縁」そのものを断っているような人が増えているように思います。
「大きなお世話だ」「お節介はやめてくれ。有難迷惑だ」
確かに今は、あらゆるサービスが24時間、年中無休で受け取れ、一人きりで生きていこうと思えば生きていける時代になりました。
また、「他人に迷惑を掛けないように」「近所付き合いは必要最低限の範囲で」と考える人が増えました。プライバシーの意識が高まるのは良いことですが、それが高じて、人と人との繋がりが希薄になって、それこそ「ご縁」を遠ざけているように感じます。
私に言わせれば、誰かに迷惑を掛けてしまうと言うことは誰かにお世話になること、誰かの親切を頂戴することだと思います。考えてみてください。自分では何もできない赤ちゃんが産まれてくる時、皆さんは迷惑だと感じますか?「縁」があって産まれてきた小さな命には誰もが、優しい気持ちになる筈です。
誰かと、何かと、繋がることは「ご縁」の成せる業です。悪い目で見れば「しがらみ」かも知れませんが、最近のはやり言葉で云うと「絆」を大切にする、と言うことです。
ご拝聴の皆さん、今一度、「ご縁」と言うキーワードで、日頃を振り返られてみたらいかがでしょうか?

根室市 開運寺
山﨑 祐久

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